今は昔、平安時代に冷涼な地下水の恩恵を受け京都御所へ新鮮な魚を納める店が集まったのを起源とし、1615年に江戸幕府によって公式の市場として認められ大いに発展した「錦市場」。京都特有の食文化を長い年月支え続けるこの老舗市場が、この秋、新しいサービス「お買い物代行デリバリー」を開始した。
錦市場商店街振興組合事務局長の清水彰さんによると、そのニーズは以前からあったという。「『錦』はここ数年観光客が訪れる場所としてのイメージも強いと思いますが、もともとは地元のお客さんの市場。お客さんはご高齢の方が多く、馴染みの店に電話して『これとこれ(商品)持って来て。ついでに向かいの店のこれも持って来て』というように配達の依頼をされることもあったんです」。こうしたニーズは、数年前のインバウンド最盛期に市場へ足が向かなくなってしまった地元客の間にもあったはず。しかし当時は膨大な観光客への対応に追われ、個々の店が地元客のそうしたニーズに積極的に応えることはできなかった。結果、この時期を境に疎遠になってしまった地元客が多かったという。
そしてコロナ禍に突入する。観光客はほぼ皆無となり、割烹や料亭からの注文は激減、さらにほとんどが高齢者である常連客も外出を控えたため、市場は窮地に立たされた。組合に加盟する126店舗のうち10店舗が次々に閉店に追い込まれた時、危機を脱する方策を探るために組合が行ったヒアリングの結果、浮かび上がったのが、買い物代行サービスの導入であった。
9月22日に市場全体の取組みとして大々的に開始したこのサービス。タッグを組んだのは、京都市内でカラオケチェーンを運営する企業を母体とする「HELP! solutions(ヘルプソリューションズ)」だ。コロナ禍で利用が落ち込むカラオケ店事業の従業員の一部を配置転換し、今年、買い物代行サービス事業に新規参入した企業である。電話もしくはアプリで注文を受け付け、錦市場商店街から3㎞圏内(※注)の買い物を、基本料金500円プラスサービス料(お買い物税込み価格から5%)で引き受ける。店舗からは手数料を取らないので、経済的にひっ迫する店にとって有難いことこの上ない。“錦の御用聞き”と称し、390メートルの市場を行ったり来たり、店を何軒もはしごして、出し巻き卵や豆腐、漬物、お弁当など、錦市場が誇る美味しい品々を集めてお客さんへと届ける。対象商品はアプリとチラシに掲載されているが、どのお店にあるどの商品かがわかれば、個別対応も可能だ。
組合は国の補助金を活用し、2万枚のチラシを京都新聞に折り込み、75歳以上の高齢者が多く住む地区に重点的に配布、このサービスを周知した。コロナで全く姿を見せなくなってしまった高齢の常連客の安否を気遣う声が多くの店舗から聞かれたため、チラシの配布エリアも考慮したという。開始から2か月が経過し、「便利なサービスができた」「コロナで外出ができなくなっても、錦のおかずが食べられる」と喜びの声が続々と届いているそうだ。土日には複数の店がコラボした、すき焼きセットや家飲みにピッタリのおかずセットなどのラインナップも。現在参加店舗は10店舗だが、今後はその数をもっと増やし、メニューもより充実させていく予定だ。
「錦は長い歴史の中で、幾度も存続の危機に晒されてきました。そしてその都度店主たちが力を合わせて乗り越えてきたんです。このコロナとの戦いもその一つ。今が私たちの頑張りどころ。皆でこの試練を乗り切って、それを錦の歴史として後世にしっかりと残したい」と、清水さん。デリバリーという新しい武器を手に、コロナに挑み、錦市場は新しい歴史を刻んでいく。
(※注)錦市場商店街から3㎞圏外でも、追加料金を払えばデリバリーサービスを受けられる。
※お買い物代行デリバリーのチラシはこちらへ ⇒ 『錦市場デリバリー』