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特集 -戸越銀座商店街で考えた-ウィズ・コロナの時代商店街の危機管理とは

新型コロナウイルスの感染拡大は全国の多くの商店街を危機的状況に陥れた。特に、日本有数のにぎわいある商店街として知られる戸越銀座商店街は、経済的な危機だけでなく、メディアの報道をきっかけに世間からの強烈なバッシングに見舞われた。報道に晒された当事者は、コロナと共に生きる時代の商店街のあり方を、どう考えているのだろうか──戸越銀座商店街連合会の亀井哲郎さんが危機管理アドバイザーの国崎信江さんを聞き手に語った。

危機管理アドバイザー 国崎信江さん(左)
Profile:生活者の視点で家庭、地域、企業の防災・防犯・事故防止対策を提唱する。
講演、執筆、リスクマネジメントコンサルなどの他、内閣府「防災スペシャリスト養成企画検討会」委員、
東京都「震災復興検討会議」委員などを務める。著書に『巨大地震から子どもを守る50の方法』(ブロンズ新社)
『マンション・地震に備えた暮らし方』(エイ出版社)など。

戸越銀座商店街連合会 専務理事 亀井哲郎さん(右)
Profile:戸越銀座商店街のブランディングに注力し、オリジナル商品の開発やメディア露出などを通して、
目立たない存在だった同商店街を都内屈指の人気商店街へと変えたキーパーソンのひとり。
宝飾品や時計の専門店「ギャラリーカメイ」の店主。品川区商店街振興組合連合会専務理事を兼任。

コロナ禍で貼られた「殺人商店街」のレッテル

国崎 新型コロナウイルス感染拡大により、商店街の多くは今も大変な思いをされていることと思いますが、戸越銀座商店街は数ヶ月前には、また違った危機管理を迫られたそうですね。

亀井 はい。商店街のホームページのお問い合わせ窓口に、「殺人商店街」「人殺し」といった苦情が100件以上届いたんです。

国崎 「殺人商店街」とは……。いったいどういうことでしょうか?

コロナ禍を、より強い 商店街になるチャンスに変える

亀井 4月7日に東京都の緊急事態宣言が出され、世の中が一気に自粛ムードに入った時、百貨店やショッピングモールなどが休業して街なかの人出が激減しました。しかし戸越銀座商店街では20%ほど人出が増えたんです。

国崎 それは、休業しない店が多かったからですか?

亀井 そうなんです。そもそも私どもの商店街には、食料品店など、都が示した休業要請の対象外の店が多いんです。一方、巷では休校やリモートワークの実施で自宅で過ごす人が増えました。つまり、自宅にいる近隣住民の方々が普段よりも増えた。そして、「出かけるところもないから戸越銀座に行ってみよう」となったわけです。アーケードのない商店街のため、換気の面も問題ないと考えた方も多かったのかもしれません。

国崎 大勢の方が来られたのは 来られたのは不可抗力ということですね。それにも関わらず、100件以上もの誹謗中傷が集まるとは、驚きですね。

培ってきた戸越銀座ブランドが
逆効果に働いた

亀井 これまで培ってきたメディアとの接点、その〝近さ〞が今回はアダとなりました。実は、私たちはこれまで積極的に取材してもらえる環境をつくってきたんです。戸越銀座商店街は約1・3㎞の1本道に約300軒の店舗が並び、〝東京で一番長い商店街〞と言われていますが、もとは3つの組合が隣り合っていただけのバラバラな状態の商店街でした。それが20年程前、商店街を活性化するために、3組合が団結してスケールメリットを押し出していこうと方針を変え、連合体として「戸越銀座商店街連合会」をつくりました。それをきっかけに、組合ごとにあった取材問い合わせ窓口を一本化し、連合会のウェブサイトから簡単に問い合わせができるようにしました。また、メディア向けの間口も広げようと、取材申請書もダウンロードできるようにしたんです。それと並行して、コロッケなど食べ歩きができるような名物商品を開発し、「わざわざ商店街へ遊びに行く」というシチュエーションをお客様に提供できるようにしました。その結果、バラエティ番組やグルメ番組によく取り上げられるようになったのです。今では1日3件ぐらいメディアからの取材の問い合わせがきます。

国崎 そしてコロナの取材依頼も商店街にきた、と。

亀井 そうなんです。当初報道自体は「自粛期間にも関わらず大勢が訪れている」と事実を述べたものでしたが、それが「商店街は人を集めて何ごとだ!」となってしまった。また繁華街の人出を測るのにスマホのGPSデータが使われているのですが、商店街は住宅地の中にあるので店舗の上がマンションだったりするんです。つまりは、住民の方が近所を歩くのもカウントされてしまった。結果、大勢が商店街に集まっていると誤解された面もありました。

国崎 自粛ムードの中で〝悪目立ち〞したと。その苦境をどう回避されたのでしょうか? 

お客様目線から危機管理を考える大切さ

亀井 まずは露出を控えて世間に余計な刺激を与えないように、一旦すべてのメディアの取材をお断りしました。次に、商店街連合会から各店舗に営業の自粛をお願いしました。

国崎 都から休業要請が出ていないお店に「休んでください」というのは難しかったのではないですか?

亀井 はい。高齢の店主の方も多く、「どうせ顔見知りの決まった客しか来ないんだから、うちは感染を心配しなくても大丈夫だよ」という意識の方も少なからずいらして。でもそんな時、東京都がゴールデンウィーク期間をステイホーム週間として、100店舗以上の商店街に対し自主休業を呼びかけたんです。それが恰好の機会となりましたね。各店舗に「ステイホーム週間に休業していただきたい」と、お願いすることにしました。

情報共有を経て
足並みをそろえて対策を取る重要性

国崎 実際どのように休業をお願いしたのですか?

亀井 事務局に送られてきた、ショッキングな言葉の並ぶクレームや誹謗中傷を、プリントアウトして連合会のメンバーのお店に配り、情報を共有しました。先程申し上げましたが、メディアとの関係も含めて努力を積み重ねた結果、戸越銀座商店街は、もともとの〝地元の商店街〞であるという性質と、他所のエリアからも人が訪れる〝都市型観光商店街〞としての性質の両方を持つようになったんです。でも今でも、地元のお客様の声だけしか耳に入ってこない、という店主の方も多い。そうした方々に、「外からこれだけ辛辣なご意見をいただいている」と知っていただきました。

国崎 外の声に気づいてもらうことで、危機感を共有したのですね。

商店街には医療従事者に対する感謝や、新しい生活様式を訴えるバナーなどが掲げられ、商店街全体でメッセージを発信

亀井 そうしたら皆さんかなりショックだったようで、「これは仕方ないな」「戸越が悪く言われるのは嫌だよね」とすぐに納得してくれました。そして4月下旬から5月上旬のステイホーム週間に、商店街の8割ほどの店舗が休業または時短営業となりました。その後、改めてメディア対応を復活させて、自主的に安全を確保したことを正確に報道してもらいました。その間、連合会と各組合の理事たちは手分けして、消毒液やフェイスシールド、マスクなどを手配し、感染予防対策の環境を整えました。そうして、ようやくクレームや誹謗中傷がほぼなくなった、今の状況を取り戻したのです。

国崎 商店街連合会が、商店側とお客様側の考え方の〝意識のズレ〞をしっかりと受け止め、適切に情報共有をされたことは、素晴らしいですね。企業でも自治体でも、自分目線ではない〝相手目線での危機管理〞ができないとリスク対策は致命的です。

亀井 〝相手目線での危機管理〞ですか……。

国崎 商店街に訪れる人の中には、お店一つひとつを異なる存在と見るのではなく、「戸越銀座商店街」として一括りにして見る方も多くいらっしゃいます。そんな方が例えば、A店では消毒やシールドなどでコロナ対策がしてあっても、隣のB店ではマスクもしてない店員さんが〝密〞な接客をしていたというのを目撃したら、強い恐怖を感じるのではないでしょうか。そのような統一感のなさから、「この商店街の対策はいい加減だ」と十把一絡げに判断されることもあるのです。いくら「うちの店はしっかり対策している」とひとつの店が思っていたとしても、他の店がダメだと、共倒れしかねないというわけです。

亀井 コロナとは別ですが、お客様と店側の意識のズレというものは、連合会ができる前にも強く感じたことがあります。我々はそれぞれが3つの個性的な商店街だと思っていたのですが、外から来られる方は、区別などしないでひとつの大きな商店街だと捉えていました。テレビの撮影が入って「戸越銀座を紹介したい。あの店とこの店を」とディレクターさんが言ってきても、組合が違ったりして紹介しづらい、ということも多々ありました。

国崎 だからといって「紹介できない」とも言いづらいですよね、PR的には。お客様の目線も同じで、その店が組合員か否かは関係ないんです。

亀井 裏を返せば、そうしたテリトリー意識をなくしてお客様目線を認識して動かないと、商店街の活性化なんてありえないということですよね。そうした課題意識を持って、私たちはこの20年間活動してきたんです。しかしこのコロナ禍で、戸越銀座がまだまだ一枚岩にはなれていないという現実をつきつけられました。店によって危機管理の考え方が異なるのを束ねるのは難しいことです。

国崎 でもこれは、改めて足並みをそろえる機会を得たとも言えるのではないでしょうか。例えば、店舗で使うパーティションなどにステッカー一枚貼るだけでもいいのです。「戸越銀座商店街コロナ対策委員会」「がんばろう戸越銀座」など、戸越銀座商店街で統一したステッカーを貼れば、それだけでも訪れる方の目には「しっかり対策されている」と映る。それに、そういうツールは、コロナへの不安を抱えているそれぞれのお店にとっても心の支えになります。商店街としての連帯感も生まれるのではないでしょうか。コストがそれほどかからない割に、効果の高い危機管理の策になりますよ。

亀井 そうした危機管理に対する〝芽〞のようなものは実は育ってきていて、連合会の中の3つの組織の役員たちは、LINEグループで頻繁にコロナに関する情報交換をしています。すでに「オール戸越銀座でなにかやろう」と、自主的にポスターをつくり各店舗に配布する活動もしています。

店先にあるテラス席はコロナ以前からあったものの、今回の事態を受けて設置数を増やすことを検討。
またデジタルサイネージで注意喚起するなど、すでに有するハードを対コロナにも活用している。
亀井さんの営むギャラリーカメイでは、仕切板に商店街のマスコットシールを。これだけでも商店街の取組みとしての統一感が出る

商店街ならではを打ち出した独自マニュアルを
商店街で統一した取組みに 消費者は安心感を覚える

不安を解消する一手としてマニュアルは機能する

亀井 今不安を感じているのは、従業員やお客様に感染者が出たときの対処法ですね。商店街はご存知のとおり、ゆるやかな連帯で個別オーナーの集合体ですので、理事たちが決めごとをしても強制力を働かせにくい。とはいえ、一部の店で万一コロナが発生した場合に、どう対応していいのかわからないからその事実を隠してしまおう、なんてことになったら、商店街全体のイメージダウンは計り知れません。

国崎 そうですね。そこは大きな企業と同じく、ルールを徹底するといいのではないでしょうか。そのために、独自のマニュアルの作成をおすすめします。

亀井 実は理事たちとも、コロナの危機管理マニュアルが必要だと話していたんです。ですが具体的にどうしたらいいのか、参考になるものがなかなか見つからない。

国崎 私も協力いたしますので、品川区と情報共有しながらぜひ作成してみてはいかがでしょうか。戸越銀座商店街にフィットするわかりやすいかたちでマニュアルをつくり、オープンにする。そうすれば、店主の方はもちろん、お客様や、地域住民の方々にとっても大きな安心となります。仕組みづくりとしての機能はもちろんですが、一人ひとりの不満や不安の心を解消する〝受け皿〞がマニュアルの役目でもあると思います。そして、そのようなことができる商店街は、お客様から大きな信頼を勝ち取ることでしょうし、住民にとっては〝地域の誇り〞にさえも感じるのではないでしょうか。これは、より強い商店街になるチャンス。使い古された言葉ですが、〝ピンチはチャンス〞ということです。

亀井 確かに、今回コロナ禍があったからこそ、気づけたということもありますね。今までイベントで人を呼ぼうとしていましたが、こうしてイベントができない状況になると、「地元密着のサービスを充実せねば」とか「普段から魅力づくりが必要だ」とか考えさせられます。また、バーチャル商店街の構想などについてもアイデアをめぐらしてみたり。

国崎 コロナ禍に磨きあげた魅力、サービスの充実や培った連帯感は、コロナが過ぎ去った時にさらに戸越銀座商店街が輝く強みになるのではないかと思います。今日はありがとうございました。


感染後から営業再開までの手順をわかりやすく示す

 対談で、コロナの危機管理対策のためにマニュアルの必要性を痛感した戸越銀座商店街は、さっそくマニュアルづくりに着手。商店街連合会の4人と、品川区の担当者、危機管理教育研究所などからなるプロジェクトチームを発足させて議論を重ね、“ガイドライン”として結実させた。チームの中心となって動いた戸越銀座商店街連合会理事の遠藤利夫さんは、

「第一波の時にたくさんのお叱りを受け、先手で対応しておくべきだったと反省しました。マニュアルの必要性も強く感じて、いろいろと調べてみたのですが、感染予防についての情報はあっても、感染後にどうすればいいかがわからなかった。私たちにとっては、万が一感染者が出た時の行動も大切なのですが」

 だからこそ、このガイドラインでは、感染予防策はもちろん、感染発覚後にどこに連絡して、どう行動すればいいか、営業再開までの道筋をフローチャートでわかりやすく明示した。

「ガイドラインがあることで、加盟店もお客様も安心感を得られる。全加盟店に要点をまとめたリーフレットも配布し、詳細な内容はガイドラインを読んでもらうようにします」

 ほかにもいくつかポイントがある。まず、改めて感染予防の意識を高めるということだ。個人商店の場合、顧客との関係性や人手不足を理由に見逃してしまいがちだが、「お客様に症状が見られたらお声がけし、入店を遠慮してもらう」ことの大切さを訴求した。また、予防のための設備費にかかわる補助金情報も記載。消毒など、各店舗が自分たちでできることは、そのやり方をわかりやすく示した。

「なるべく経済的・人的負担を抑えて、被害を最小限にとどめて経済をまわす。そのための指針にはなったかと思います」

と遠藤さん。強制力はないが、万一の際に店主たちが主体的に動けるように細部まで配慮した。
「商店街は個人商店の集まりですので、こうしろ、ああしろ、とは言えない。あくまで私たちはお互いの信頼関係のもとサポートするという立場です」

そこで、今後は連合会でホットラインを新設し、加盟店からの相談に乗っていくという。

 今回のガイドラインづくりで、「知識的にも運営的にもさまざまな学びがあった」という遠藤さん。戸越銀座商店街の例を参照しながら、それぞれの商店街でいかに安全を守るかの議論をはじめてみるのも一案だ。

ガイドラインの一部。フローチャートやイラストを使って、わかりやすく内容を説明している

★この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2020 Autumn(秋号)に掲載されています。
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