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活性化事例

“よそ者”がともす再生の灯。ゼロから商店街の復活へ!

地域資源

空店舗活用

商店街名 釜石大観音仲見世通り(岩手県釜石市)

稼働店舗ゼロからの商店街再生へ向けた取組みが、釜石市の釜石大観音仲見世通りで行われている。キープレイヤーは“よそ者”。そのよそ者ならではの視点とひたむきな思いが街に新しい動きをもたらし、地域住民もその活動を応援する。小さな一歩が次の一歩につながり、仲間たちは確実に増えてきている。彼らの奮闘を追った。

sofo café で定期的に開催される 「釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクト」 会議。
メンバーは10人ほどで、地元企業や行政、地域住民まで幅広い

唯一無二の街並みに可能性を感じて
右)釜石大観音仲見世通りの再生に取り組む神脇隼人さん(左)と宮崎達也さん。お互いの得意分野を活かしたパートナーシップが光る。

「ここは一回死んだ街だから」
そんなショッキングな言葉を、昔からこの通りに住む女性が口にした。しかし、その顔はにこやかだ。「だからこそ、若い人たちががんばって盛り上げてくれてうれしいの。今日もこの店にどうかしらって花を持ってきたの」
オープンして間もないカフェ「sofo café(ソホカフェ)」で、彼女から花を受け取りお礼を言うのは、神脇隼人さんと宮崎達也さん。合同会社sofo(ソホ)の共同代表だ。

死んだ街――釜石大観音仲見世通りで、今、新たな場をつくり、にぎわいを生み、ゼロからのまちづくりに取り組んでいる。ふたりは、この土地との縁はなかった。神脇さんは東京で大手ディベロッパーに勤務、宮崎さんは三重で建築家をしていたが「より自分らしい暮らしと商いのかたちを模索していた時、この仲見世通りに出会い、地域おこし協力隊としてこの地に来ました」(神脇さん)
「私は震災を機に、何かできることはないかと移住しました」(宮崎さん)  と釜石に。ともにポテンシャルを感じたのが、この仲見世通りだった。

高台から見た、赤茶色の瓦屋根がシンボルの仲見世通りと釜石大観音。赤茶色は赭(そほ)色と言われ、合同会社sofoの社名の由来でもある

釜石大観音を観光資源に、かつてはバスツアーが組まれ20店舗ほどがひしめきあっていたというが、ここ20年で急激に衰退。’17年には、稼働店舗がゼロになってしまった。そんなこの通りのどこに、ふたりは可能性を感じたのだろうか?

「赤茶色の瓦屋根や土色の外壁、2階の格子窓など統一された建物の並びや、通りに立つと正面にそびえる釜石大観音。こうした景観は、新しくつくろうと思ってもできません」(宮崎さん)
「確かに店はゼロになっていましたが、今もここで生活が営まれている。そのコミュニティのあたたかさを活かしながら、もう一度商売の可能性を示したい。ここでビジネスをやりたいという人が戻ってきてくれたら」(神脇さん)
こうして、この街に魅了されたふたりは、商店街再生に向けて動き出す。

地域とともに歩む「復興」のかたち
sofo café のメニュー。地元産の魚介や野菜を使った「釜石パエリア」(上)と市内で自家焙煎された豆を使ったコーヒー(下)を新名物に
ゲストハウスをオープンした東谷いずみさん。前年は同地で民泊を運営し、口コミで多くの人を街に呼んだ実績も

宮崎さんは’15年に「釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクト」を立ち上げ、まずは街ににぎわいをと、イベントを開催。釜石大観音が恋人の聖地認定を受けたことにちなんだ「えんむすびマルシェ」や、高校生とのワークショップなどを通し地域を巻き込みながら、商店街の再生活動への理解者を増やしていった。

そうして、空き店舗や空き家の利活用を許され、’18年から’19年にかけて、釜石へ移住した神脇さんらとともに3つの新しい場を生み出した。ひとつは、シェアオフィス「co-ba kamaishi marudai(コーバ カマイシ マルダイ)」。まちづくりに携わる仲間や創業希望者たちをつなぐ役割を果たしている。

次に、同地を訪れた人が地元の人に出会える場所を目指して、「sofo café」をオープン。店舗の改修にあたってはクラウドファンディングを活用、各メディアでも話題になり、「自分もかかわりたい」という人も現れた。そして、この8月には待望の逗留施設となるゲストハウス「あずま家」が開業。手掛けたのは、プロジェクトメンバーの東谷いずみさんだ。

JR釜石駅から約3㎞、観光名所の釜石大観音に連なる門前町。’70年代には多くの観光客が訪れ、飲食店や土産店が営業していたが、’17 年に稼働店舗はゼロに。いま再生の取組みが始まっている。

こうして、通りの景色が変わりはじめている釜石大観音仲見世通り。その道のりは、一般的な被災地復興の物語とは一線を画すものがある。

「震災で大きな被害を受けた釜石ですが、この通りは高台に位置しており津波は免れた。それゆえに、補助金に頼らない、自力での再生を志すことになりました。しかし、それこそが地域に根を張った、持続的なにぎわいにつながっていくのだと思っています」(神脇さん)

「私の実家のエリアは被災し、以前と同じ暮らしはできなくなりました。でも、ここはコミュニティが残っていて、震災前の暮らしによく似ている。だから自分らしくいられる気がしているんです」(東谷さん)
目指す先にあるのは、「ゼロから生まれた新しい商店街」だ。

「空き家が多いため、まだまだ余白があります。私たちはその橋渡しをしながら魅力ある店に来ていただき、商店街という〝面〞のインパクトを強く出していきたいですね」(宮崎さん)
再びにぎわう未来に向けて、確実な前進が始まっている。

★この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2019 Autumn(秋号)に掲載されています。
「EGAO」をご覧になりたい方はこちらへ。

商店街活性化の情報誌「EGAO」

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