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衰退ムードを変えたのは〝場所の価値〟の再発見!

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商店街名 大豊商店街(愛知県豊橋市)

大豊商店街では6月の週末に、「雨の日商店街」という空き店舗を活用したイベントを開催している。5回目を数える今年は延べ70店舗が出店。ここでの出店を機に本格開業する店が続出し、数年前まで寂しい風景が広がっていた商店街に活気が戻りつつある。成功の秘密は、地域の魅力を再確認し、それを新しいコンテンツに活かす取組みだ。

’19年6月に開催された第5回「雨の日商店街」の様子。回を重ねるごとに訪れる人が増えている。
特にファミリー層や若者の来客が急増

商店街は風化の一途。着目したのは「水上ビル」
JR豊橋駅より徒歩8分。駅の南側を東西に流れる牟呂用水約800mを暗渠化して造られた板状建築物群、通称「水上ビル」の商店街。加盟店約40店。まちの名物スポットとして地元で親しまれている。

大豊商店街の歴史は、街の開発と切っても切れない関係にある。戦後の焼け野原で身を興した露天商の集まりが商店街となり、高度経済成長期の駅前開発で立ち退きを強いられた。その時、移転先として市が提示したのは、なんと用水路の上。暗渠化してビルを建てるという奇策で、’63年から翌年にかけて1階が店舗、2階が住居というスタイルのアーケード付き商店街が完成した。水路の上にできた15棟の通称「水上ビル」には、大豊商店街と豊橋ビル商店街、大手ビル商店街の3商店街が入居。大豊商店街は、そのうちの9棟を占め、問屋と小売店が混在する商店街として発展する。

だが次第に、駅近の大型商業施設に客を奪われ、商店街は活気を失っていく。さらに’00年代になると、郊外の大型店が隆盛し、豊橋は中心市街地全体が衰退。駅近の老舗百貨店も閉店し、大豊商店街を訪れる客はさらに減っていった。何もしなければ廃れる一方。大豊商店街の空き店舗は2割を超え、古めかしい水上ビルの行く末を絶望視する人も少なくなかった。

大豊協同組合理事長の黒野有一郎さん。豊橋まちなか会議副会長を務めるキーパーソンでもある。「まちなかに『楽しい』を提供していきたい」

「水の上にこれだけ連続して立ち並ぶコンクリート建築は世界的にも珍しい。この独特で力強い昭和の資産の価値を高め、そこにひもづいたコンテンツを発信することで、ユニークで統一的な商店街のブランディングができると思いました」


黒野さんは、アートイベントやセールイベントを次々企画。商店街にこれまでなかった〝動き〞をもたらすと、’14年、理事長就任のタイミングで、大豊商店街50周年の記念企画を打ち立てた。これが大きな話題を集めることになる。

まず最初に、スタイリッシュなデザインで商店街の情報を発信するフリーペーパー『DA IHOU Journal』を発行した。「初年度に3、6、9、12月の4回発行することを決めたところで、6月だけネタがないことが判明(笑)。ないなら新しくイベントをつくろう、と」  こうして生まれたのが、今や多くの人を集め、商店街に大きなメリットをもたらしている「雨の日商店街」だ。

“雨”や“古さ”も強みに変える
通常も営業しているかのような店舗ディスプレイで魅了するアンティークショップ。
投げ銭ライブ会場は普段は美容室。‘16年にオープンし、店主は店舗2階に住む職住一体のニューカマー。

雨の日商店街は、大豊商店街全体を使ったマーケットイベント。良質なアンティークの物販を主軸に、雑貨、飲食などの店が、空き店舗スペースを活用して出店。統一的なデザインの装飾やライブパフォーマンスも行われ、感度の高い人々が集まるイベントとなっている。

その重要な仕掛けは3つある。まず、「空き店舗の利活用」だ。家主にとっては本格的に貸すよりもハードルが低く、出店者はチャレンジショップとしてこの地域での商売の可能性を吟味できる。実際、雨の日商店街を通して、商店街への本格出店を果たした店は、この5年間で10店舗にものぼる。当日だけのにぎわいではなく、将来的な街の活性化へと確実につながっている。

次に、「水上ビルとの親和性」。いまやマーケットイベントは全国各所で実施されている。そこで差別化を図るため、ここでは〝アンティーク〞を出店基準とした。昭和レトロな水上ビルとアンティーク製品は、一体となってあたたかみのある空間を演出。〝ここにしかないイベント〞という独自性を打ち出すことに成功し、商店街の〝レトロでおしゃれ〞なブランディングの確立に一役買っている。

3つ目は「梅雨時に行う」ということ。アーケードをもつ商店街の特性を活かし、「雨が降る日でも楽しく買い物ができる」とアピール。客足が鈍る梅雨時のテコ入れも図られた。ほかにも、SNSの活用や街の広報誌への掲載などで広告費を抑制。出店料自体も極めて安いため、運営も出店者も費用対効果の高い取組みになっている。

こうして土地の資産に根差し、〝雨〞や〝古さ〞というネガティブな要素をポジティブに変えた雨の日商店街。ただ、以前から営業している店舗や空き店舗の家主の中には取組みに消極的な姿勢を示す人もいた。その時効果を発揮したのが、大豊商店街の〝不文律〞だ。

「水上ビルの土地の所有者は市で、実は毎年協同組合として水路上使用許可申請書を提出する必要があります。そして、その使用許可の条件に『市の発展に寄与すること』とあるんです。この理念を前面に出すことで、説得もスムーズに進みました」  雨の日商店街は成功し、今では「こんなに人が来るんだ!」と、イベント開催日は店先に目玉商品を並べる老舗も多い。新旧合わせて街全体の活性化が進んでいる。

開発で生まれた商店街が再開発のコアスポットに

雨の日商店街は、回を重ねるごとに出店数、来場者数が伸び、今では出店をセーブするほど活況だ。しかし、黒野さんは冷静にその先を見つめている。

「もともとの目的は空き店舗解消。なので、空き店舗がすべて埋まったら、雨の日商店街は現在の形態にこだわらなくてもいいと思っています。大事なのは、水上ビルや商店街の価値をどう次世代に残し、それを街全体に反映させていくか、です」

豊橋まちなか会議会長の神野吾郎さん(右)と、理事であり「おしかけ!ラジオ体操」の発案者、山本幸司さん(左)も、雨の日商店街を応援

その街全体への動きは、すでに始まっている。駅前全域の再開発が進むなか、’08年に企業、商店街、大学、地域住民などにより「豊橋駅前大通地区まちなみデザイン会議(駅デザ会議)」が発足。

さらに、大豊商店街の向かいの敷地約2万9千㎡を有する施設が解体された’18年には、駅デザ会議から進展したエリアマネジメント組織「豊橋まちなか会議」(黒野さんが副会長)が始動。水上ビルを含めた駅前エリアで、人々が集う楽しい空間づくりを目指した取組みが複合的に行われている。2年後には、図書館や広場を含んだ多目的施設も完成する予定で、水上ビルにも新たな〝風〞が吹くはずだ。

街の開発に振り回され生まれた水上ビル・大豊商店街。それがいまや、市の未来の再開発のコアスポットとして大きな存在感を放っている。まさに、「市の発展に寄与する」商店街へと、生まれ変わろうとしている。

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