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活性化事例

行動力と気遣いを兼ね備え 鬼嫁〟パワーが街を変える

地域振興

創業・事業承継

コミュニティ

商店街名 湯梨浜町松崎地区の商店街/鳥取県東伯郡湯梨浜町

鳥取県湯梨浜町の松崎地区は、宿場町をルーツにもち、かつては地域の中心地として栄えた。その後、旅館の廃業が相次ぎ、来街者は減少、商店街は実質的に機能しなくなった。にもかかわらず、ここ数年この街には、若者によるハイセンスな店が次々開業。その背景には、地域のたくましい女性たちの活躍があった。

真ん中から時計回りで、鬼嫁の発起人・野口智恵子さん、三津国美枝子さん、佐藤美奈さん、立木てる子さん。
彼女たちが鬼嫁メンバー。男性は、移住者の中森圭二郎さん

街の伝統行事を地域の手に取り戻す
鬼嫁が復活させた三八市
上)三八市での鬼嫁コンテストの様子。老若男女が思い思いの服装でパフォーマンスを繰り広げ、笑い声が絶えないイベントだ。優勝賞品は町長によるマッサージ。下)商店街にアクセサリーや雑貨、食の店が並び多くの人でにぎわう。近年では30店舗が出店することも

 とにかく明るい。よくしゃべり、よく笑う。松崎地区のコミュニティづくりに奔走する女性陣̶ ̶通称〝鬼嫁〞たちのことだ。その空気感のなかでは、街の課題について話していても深刻にならず、どこか楽しんでいる様子さえある。
「私たちは、話すときは遠慮しないんですよ。本音で話す。でも、ケンカにはならないの。みんな人柄が良いから(笑)」
〝鬼嫁〞の発起人である野口智恵子さんがそう話すと、周囲の女性陣がどっと笑う。

 鬼嫁の起こりは、街の代名詞的イベントである「三八市 (さんぱちいち)」にある。三八市は、明治時代から行われていた伝統行事で、当時は、稲刈りの季節に農具や日用品を取引きしていた。戦後になると、農具だけでなくさまざまな日用品や食が並ぶにぎわいある〝市〞となり、10月の3と8のつく日に開催されることから三八市と名付けられた。ところが、’90年代に入ると、有名無実化。地元とは無縁の外部の業者によるただの安売り市となり、商店街との関係もほとんどなくなってしまった。そんな状況に立ち上がったのが野口さんだ。
「昔のにぎわいは記憶にあるし、父からもよく聞かされていました。だからこそ、寂しい状況に対してなんとかしなくちゃ、という意識が強かった」
 そこで、野口さんを中心に’11年、三八市実行委員会を結成。メンバーは、湯梨浜町商工会に所属し松崎地区で店を営む女性4人だ。重視したのは、地域主体の市の運営。「三八市をもう一度、松崎の名物にしよう」と、野口さんらは商店街の店を一軒一軒回っては出店を依頼していった。提供するものはちょっとした食事や日用品。それでも、通りにはにぎわいが生まれ、店主たちと住民の会話が弾んだ。参加者からは「またやってほしい!」との声が届き、以後、出店数も来街者数も着実に増加していく。
 
 ’15年には、三八市の目玉コンテンツが誕生する。それが「鬼嫁コンテスト」だ。いわゆるファッションショーだが、並外れたパワーをもつ委員会の女性陣を〝鬼嫁〞というインパクトある言葉で表現し、その名を冠した。奇抜な衣装や化粧を施した女性たちが次々登場し、飛び入り参加もあるなどコンテストは大盛況に。いまでは多くのメディアが取材に訪れるほどになり、市の開催前から参加者が店の前に並ぶ光景も見られる。もはや、かつての三八市と同様の、近隣の人々にとって欠かせないイベントとなったのだ。
「自分たちでやれることをやってきた。まず、発案し、決まったら即実行。みんな得意分野が違うので、力を合わせていろいろなことを実現してきました」
 そんな鬼嫁の行動力に、街の女性からは「勇気をもらった」という声が上がる。会席料理店を営む佐藤美奈さんも、
「街が変わっていく様子を肌で感じて、私も力になりたい!と思ったんです」
 今や彼女も〝鬼嫁〞の一員だ。こうして鬼嫁たちは、周囲を巻き込みながら、活動の範囲を広げていった。

多世代と移住者に開かれた鬼嫁コミュニティ
ともに移住して湯梨浜町で開業した「汽水空港」(上)と「朴訥」(下)。汽水空港はさまざまなジャンルの新刊、古書、自主制作本など通好みのラインナップで、遠方からの来客も多い。朴訥は、元歯科医院の建物を活用しオープン

 彼女たちは、毎週火曜日に定例会議を行っている。開催場所はコミュニティスペース「梅や」だ。野口さんの実家の玩具店を改装し、誰もが訪れて対話を楽しめる場となっている。
「三八市だけでなく、普段から住民が集まって話せる場がほしい、という声をいただいて。それに応えてつくった結果、0歳から100歳まで集まるようになりました(笑)」
 実際、数年前に湯梨浜町に移住し、塾を運営する中森圭二郎さんはこう話す。
「よく子どもを梅やに連れてくるのですが、自然に多世代と交われる場所なんです。だから、子どもは社会性が高くなるし、同時に高齢者の方の見守り機能も果たしていると思います」
 中森さんのような若い世代の移住者は、鬼嫁の活動が始まってから年々増えている。ゲストハウスやカフェ、バーなど、商売を始める人々も現れ、その一つである書店「汽水空港 (きすいくうこう)」は、湯梨浜町の居心地の良さにひかれて移住し開業。その店舗は、 梅やの倉庫をリノベーションしたもの。

夫と店を営む森明菜さんは、
「地元のことは地元の人に聞くのが一番良い。鬼嫁のみなさんには物心両面でサポートいただき、良いコミュニティの中で店を続けられています。これからは若い世代からもこの街の良さを発信していきたい」
 古着店「朴訥 (ぼくとつ)」をオープンした笹本佳奈さんも
「私のような外部の人間も懐深く受け入れてくれた。この街は素敵な人たちがたくさん移り住んできており、どんどん面白くなっていくと確信しています。これから来る人には、私がそうしてもらったように、気軽に相談にも乗っていきたい」
と鬼嫁コミュニティの意義を語ってくれた。
 
 鬼嫁がこうして移住者を温かく迎え入れているのには、理由がある。野口さん以外のメンバーはよそからこの街に嫁いできたため、彼らの不安がよくわかるということ。また、元宿場町ゆえの〝おもてなし精神〞があり、新しく来る人々に土地のルールや商売の知恵を共有するのは当然、という意識なのだ。
「私たちは特別なことはしていません。必要なものをあげたりとか、こまめにコミュニケーションを図ったりとか、ご近所付き合いとして普通のことです。でもそんな関係を楽しんでくれる若い人たちが、街をにぎやかにしてくれてうれしいです」
 鬼嫁たちは、あえて言えば普通の主婦であり商売人である。しかし、それは〝女性ならではの企画性〞と〝元よそ者ゆえの気遣い〞、そして〝商売人としての行動力〞をもつことを意味する。それこそ、街を変える大きな要素なのではないだろうか。

★この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2019 Autumn(秋号)に掲載されています。
「EGAO」をご覧になりたい方はこちらへ。

商店街活性化の情報誌「EGAO」

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