商店街名 | 京都錦市場商店街振興組合/京都府京都市 |
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独自の食文化が栄える京都で、約400年にわたり人々の生活を支えてきた錦市場。地元住民から老舗料亭まで足を運ぶ〝京の台所〞でも、新型コロナのパンデミックの影響は深刻だった。幾度となく危機に見舞われては乗り越えてきた歴史ある市場が、コロナ危機に対して着手したのは、多角的DX事業。その戦法や、いかに。
これが、没入感あふれる錦市場のVR(仮想空間)!
朱・黄・緑の色鮮やかなアーケードが、約390mにわたる商店街を華やかに演出し、その下の幅約3mの通り沿いには、魚、漬物、だし巻き玉子、お茶、お菓子など各店の商品が所狭しと並ぶ。そんな風景を眺めながら歩くだけでも楽しいのが錦市場だ。気になるお店があれば立ち寄り、気に入った商品があれば購入する。見上げればステンドグラスの天井画や、市場内に生家があった江戸時代の画家・伊藤若冲の絵画も。その歴史や文化の片鱗にふれられるのも心ときめく瞬間だ。
こうした特別なひとときを、デジタルの世界でも体験できるのが「錦VR商店街」である。360度広がる画面の中の市場を、片手操作でスイスイと目当てのお店に向かう。市場と交差する通りごとに用意されたサムネイルをクリックすれば、〝瞬間移動〞も可能だ。
「錦市場に行きたい。でもコロナ禍で行けなくなってしまった。そういう方々のために、本当に歩いた気分になれる〝リアルさ〞にこだわりました。お近くの方も遠方の方も、ご自宅から少しでも錦市場を感じていただけたら」と話すのは、京都錦市場商店街振興組合(および京都錦小路まちづくり合同会社)事務局の木村一平さん。
’20年4月に発出された新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言のすぐ後から、錦市場は、VRやECサイトの構築に向けて動き出し、その後さらに、ホームページをリニューアルするなど、デジタルインフラの整備を積極的に進めてきた。
季節に先駆けて出回る野菜や魚の初物のことを「はしり」というが、実はこの言葉は、桂川の船着場にあがった初物の魚を人足が〝走って〞錦市場へ届けていたことが謂れだとの説もある。
〝保守的でありながら新しいもの好き〞という京都の気質を受け継ぎ、デジタルの技術を大胆に取り入れる錦市場商店街の姿は、まさにDX×商店街の「はしり」といえるのではないだろうか。
VR内の各店舗の店先に表示されている青いピンの上をクリックすると、錦市場公式通販(EC)サイト「京の台所」へ飛ぶ。このECサイトは、VRとともに’21年6月24日にグランドオープンしたものだ。
ECサイトの構築・運用にあたっては、商店街の加盟店の総意を得ることが難しかったという。しかし緊急事態宣言下で観光客はおろか、高齢者の多い地元客の足も遠のき、料亭やレストランからの注文も途絶えて経営困難な加盟店が急増した状況で、商店街は組織全体としての新しい販路が必要と判断。販路獲得を目的とした新たな事業を立ち上げるために、「京都錦小路まちづくり合同会社」を活用することにした。斯くしてECのプロジェクトはこの合同会社の事業として同社が各店舗から商品を買い付ける仕組みで運用されることに。京都府の補助金も得ることができた。
錦市場商店街としてのECサイトを持つメリットを、事務局として運用を担っている木村さんはこう述べる。
「遠方へ足を運ぶことが難しくても、ネット環境さえあれば、『京の台所』で、いつ、どこからでも注文ができます。別々のお店の商品を、それぞれのお店のサイトから購入する場合は注文ごとに送料がかかりますが、『京の台所』で一括注文すれば、送料も一度で済むというのも大きな魅力ですね。ECサイトには広報としての役割もあります。全国で広く知られる『錦市場』『京の台所』というキーワードから、このECサイトを経由して、各店舗のサイトにも入れるようになっているため、お客様に新しい店舗を知っていただくきっかけにもなっています。このEC事業でお客様に喜んでいただけることは、錦全体を活性化することにもつながります」
ECサイトを構築する上で最も重要だったのは、錦市場の魅力をどのようにコンテンツに落とし込むか、ということだ。
京都錦市場商店街振興組合理事長の初田信行さんは、「私自身、蒲鉾店の店主として先代から職人の技を引き継ぎ、毎日一つひとつ丁寧に練り物をつくっています。こうしたお店の〝伝統の技や知識〞が寄せ集まっているのが錦市場。その良さを、ネットでひとりでも多くの方に届けることができれば」と、ECサイトへの期待を語る。
その期待を背負って奮闘したのが、錦市場の次世代を担う若手の4人である。4人は、事務局スタッフ、業者らとともに店主たちを丁寧に取材し、得た情報を、時間をかけて話し合いながら整理して、コンテンツのアイデアを練り上げた。
トップページを開くと、「贈り物」「厳選セット」「旬の食べ物」「温度帯で同梱」などのバナーが目に飛び込んでくる。さまざまな角度からユーザーの興味を引きつけ商品へと誘導する仕掛けだ。その他にも、「店舗紹介」ページでは、単に販売商品の紹介だけでなく、店主の笑顔や働く姿、時には商品の製造過程なども含めてライブ感のある画像を多く掲載。それを見て、「この店の商品を買ってみたい」という気持ちになるユーザーも多いに違いない。決済方法に関しては、〝お客様ファースト〞の精神で、クレジットカード払いの他、代引きの導入にもこだわった。
「コロナ危機は深刻でしたが、若手が次の時代への足場をしっかりとつくってくれました。これで錦はさらに強くなります」と、初田さんは若手の活躍に目を細める。
ECサイト「京の台所」では、現時点で40の店舗から商品の購入が可能。今後、参加店舗数はさらに増えていくことだろう。
さて、ECサイトは遠方の顧客向けのサービスだが、錦市場は、コロナ禍に地元客のためのサービスも導入した。それが、「お買い物代行デリバリー」だ。
歴史ある錦市場には、長年付き合いのある地元客のいる店が多い。そのほとんどは高齢者で、かつては馴染みの店に電話で「これとこれ(商品)を持って来て。ついでに向かいの店のこれも持って来てくれへん?」というような依頼もよくあったそうだ。しかし、数年前にインバウンドが爆発的に増えた時期、店は観光客への対応に追われ、地元客のこうしたニーズに応えることが難しくなった。
コロナ禍でインバウンドの騒動が止み、自らの商売の本質を顧みた店主たちから出てきたのは、この地元客を慮る声だった。
「『コロナ禍にあのお客さんは元気にしているだろうか』『外出できないあのお客さんにおいしいものを届けたい』と高齢の常連さんを気遣う声がお店から上がりました。それならば、と買い物代行が始まったんです」と担当の宮﨑幹子さん(京都錦市場商店街振興組合事務局)は話す。
国の「Go To 商店街」事業を活用して実証実験を行い、’21年9月22日に本格的に開始したこのサービスは、商店街と地元企業の「HELP Solutions」との提携事業。専用のアプリ(スマートフォン対応)、もしくは電話で注文ができるというデジタルとアナログのハイブリッド仕様で、デジタルが苦手な高齢者にも使い勝手がいい。注文を受けると〝HELPの配達員〞が店を何軒もはしごして錦の味を集めて注文主に届ける。アプリやチラシに掲載されていない商品でも、店名と商品名がわかれば対応可能だ。コロナ感染のピーク時には、「外出ができなくても、錦のおかずが食べられる」と喜びの声が続々と届いた。
コロナの水際対策の緩和や円安の影響で、今後、インバウンドが再燃する可能性は大きい。しかし、リアルの錦市場がどんなに混雑しても、デジタルの環境が整った今、バーチャルで楽しく買い物ができるのだ。錦市場の新たな歴史が幕を開けた。
★この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2022 Autumn(秋号)に掲載されています。
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