商店街名 | トビチ商店街/長野県辰野町 |
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長野県辰野町。諏訪湖の南西の小さなまちには、昭和40年半ばに建てられた3階建ての洒落たデザインの商業ビルが立ち並ぶ。かつて隆盛を極めた商店街。だが今は、6割の店がシャッターを閉じている。そんな一見うらぶれたまちに、新たな風が吹いているという。点在する飛び飛びの店をつなぎ直し、まちを再生する物語が、始まっている。
薬局だった店舗を改装した「Equinox STORE」には現在4店舗が入居
かつて辰野駅は、中央本線の主要駅のひとつとして特急「あずさ」が停車し、飯田線への乗り換えの客でにぎわいを見せていた。駅の周りに発達した下辰野商店街は、全盛期には約200もの店があったという。ところが、時代の流れとともに、辰野駅は中央本線のメインルートから外れ、駅の乗降客は激減。店は次々にシャッターを閉じ、ついに商店街組織は消滅してしまった。
そんな衰退したまちの店舗を覗いてみる。すると、どうしたことだろう。閉店した旧店舗の外装や看板、さらには年季の入った家具など昭和風情をそのままに、しかし奥からは、令和時代を象徴する爽やかな若者が、にっこり微笑み会釈する。
実はこのまちでは、’19年より、廃れてしまった商店街の資産を再利用することで、新たな魅力を創出し、まちの再構築を図るプロジェクトが進行中。その賛同者たちによる新しい店が徐々に増えているのだ。
プロジェクトの発起人で、辰野町にUターンし、まちづくり事業を行うため「一般社団法人〇まると編集社」を設立した赤羽孝太さんは、数年前、事務所を構えた場所の店主会に出席し、店主たちが店をどう閉じようかと話しているのを耳にした。その時、赤羽さんは考えた。「店を閉めてしまった人、これから閉めようとしている人に、今からシャッターを開けろ、と言うのは酷なこと。それならば、いっそのことこの状況を逆手にとればいいのではないか」と。「新しいお店の両側に閉じたお店があると、逆に開いている新しいお店が映え、閉じているお店にもありがとうと言える。閉じて住宅化しても存在価値があるし、空き店舗になったとしても誰かが入ってくれるという未来がある。そう発想を転換させたら、閉店が多いこの商店街が宝のまちに思えるようになりました」
こうして、シャッター街もまちの個性として捉え、無理にシャッターを開けずに、その合間に点在する飛び飛びの魅力的な店を歩いて巡るのを楽しんでもらおうというコンセプトのもと、「トビチ商店街」が誕生した。新店舗と旧店舗、若い店主とベテラン店主たちもゆるやかに共存し、居心地良いまちの雰囲気が醸成されている。
トビチ商店街は、移住者も魅了する。現在、辰野町への移住希望者は、毎年30世帯、80〜100人ほど。○と編集社理事の山下実紗さんは、大学生の頃地方に興味をもち始め、辰野町でインターンシップを行なったことがきっかけで移住を決めた。
辰野町役場で移住者と事業者をつなぐ業務を行う野澤隆生さんによれば、移住先として数々の候補地を調べた後に、〝何か面白いことができそう〞と辰野町を選ぶ人が多いそうだ。現在、空家バンクには180件ほどが登録されており、その内8割弱が成約済。それでも高齢者が多いこの町は人口の自然減が著しく、物件は潤沢に供給される。「不動産屋が登録できない物件を赤羽さんたちとともに掘り起こし、DIYイベントをするなどして素敵な店舗兼住宅にする。素敵なお店ができて人が住むようになると、それを見たまた別の人がやってきます」
こうして面白いことをやる移住者が増えることで、まちには従来なかった職種も増えている。「これからは場所に囚われない社会になっていくと思い、辰野町に移住しました」と話す、地域おこし協力隊の鈴木雄洋さんは、バスターミナルの跡地を改修し、ダンススタジオを立ち上げた。
これら移住者の個性を活かすためにも、赤羽さんがトビチ商店街で重視している理念がある。それは、〝どんな商店街にすれば自分たちが楽しいか〟という利用者目線を追求すること。「私も商店街で買い物をしたいですし、楽しみたいですからね。関係者にとって魅力的なまちは、きっと外から訪れた人も引き込まれると思うのです。そのためには、単にこのまちにいるから足並みをそろえようではなくて、この理念に共感するから一緒にやろう、と言ってもらいたい」
ところで、トビチ商店街の原点になったイベントがある。’19年12月7日に開催した、「トビチmarket」だ。10年後にありたい商店街の姿を具体的に表し、その未来に近づく自分たちをイメージするためのイベントで、県内外の54店舗が参加、約4000人が来場した。商店街に人が歩いているだけでもうれしいと、涙するベテラン店主たちも多かったという。
現在まちにある、空き店舗を再生してつくられた「EquinoxSTORE」は、このトビチmarketのコンセプトを継承している。店内には異なるジャンルの店が混在し、垣根が存在しない。トビチmarketが縁で美容雑貨店の出店を決めた大槻拓真さんは、「コーヒーを飲みに来た人が私のお店でシャンプーを買うといった塩梅に、お互いのお店に相乗効果があります」と、うれしそうだ。
物理的に距離が離れた里山の店舗も、トビチ商店街の仲間だ。まち歩きを楽しみながら、離れた場所にも足を延ばせるようにと、○と編集社では自転車のレンタルも行う。トビチ商店街がめざすのは、従来の商店街の枠を超えた、新しいコミュニティと経済圏なのだ。
トビチ商店街の構想は止まらない。’22年は、福祉施設(民間)が地域に開放する公園の中に、福祉施設とカフェが完成予定。福祉の閉ざされたイメージを覆し、幅広い世代が商店街で出会う、自然な交流をめざす。旧商工会の建物を再利用し、アーティスト個人の美術館をつくる計画も。今後のトビチ商店街の挑戦に、期待せずにはいられない。
Kaymakli 店主 大槻拓真さん
箕輪町で美容室を営む傍ら、美容雑貨を辰野町で販売。
世界中のオーガニックのシャンプーや美容アイテムを取りそろえる。
大槻拓真さんが「Equinox STORE」に店を構えたきっかけは、赤羽さんからトビチmarket への参加を誘われたこと。「辰野町は競争相手もいなければ家賃も格別に安い。ローリスクでチャレンジできるため、個人が起業するにはメリットが大きい」と惚れ込んだ。本業の傍ら、自分のペースで内装を完成させて、オープン。将来的には自身のオリジナル商品の開発や販売をめざしているという。
★この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2022 Spring(春号)に掲載されています。
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