facebook page

全国各地の商店街のニュースをお届けします! 商店街ニュース

古地図を手に、商店街の“今昔”を見学【神奈川県小田原市お城南通り商店会】 イベント

2014年05月27日 (火曜日) 10:00

印刷 メール

古地図を手に、街並みの変化などを見て回るイベント参加者(5月24日、神奈川県小田原市お城南通り商店会)

 大正時代の古地図を手に商店街を巡り、今と昔の街並みの変化などをウォッチングする珍しいイベントが5月24日、神奈川県小田原市のお城南通り商店会(金子不二夫会長)で開かれた。参加者は、関東大震災(大正12年9月1日)を境に大きく様変わりしたという通りを、古地図と照らし合わせながら移動。大正のたたずまいを残す店、跡形もなくなり、別の店になってしまった店、震災後に移動した店などを見て回った。

 イベント「古地図でめぐるお城南通り商店会」を企画したのは、NPO法人小田原まちづくり応援団(平井丈夫理事長)。お城南通りは小田原城の南側にある国道1号線沿いの商店街。戦国の北条時代に商業地として整備され、今でも、昔から続く商店が点在するが、一方で、空き店舗や空き地も目立つ。

 イベントのきっかけは、平井理事長が、10年以上前に父親からもらい、そのままになっていた「お城南通りの古地図」を使って「何か街おこしを」と、応援団のメンバーらに提案したこと。大正時代に地元の自治会で配られたという古地図には、震災前の大正8年に営業していた店が、店名や業種、店主名ごとに克明に記載されている。しかし、地図は小さくて、読みづらいため、平井さんらが、文字を解読しながら、大きなA3判の古地図に作り替え、この地図を使って、震災前と後で、街並みの様子がどのように変化したのかを観察するイベントを実施することにした。

 当日は、古い街並みに関心を示す人ら約20人が、通りの近くにある清閑亭(政治家・黒田長政の別邸)に集合、まち歩きのガイダンスを受けた後、坂を下り、上下4車線の広い国道1号線沿いの通りで見学を開始した。「大正の大震災では、通りの山側の被害が大きく、震災を機に、移転する商店もあり、街並みは大きく変わった」と平井さん。

 その変化を、平井さんの説明で一つ一つ確認。通りの端にある「山一蒲鉾店」の看板を掲げた店は、大正の初めにかけて「時本」という料亭が店を構えていたとか。その一軒先の「ういろう」はお菓子と薬で有名な店。600年の伝統を維持はするものの、建物は、幾つもの屋根が重なる「八棟造り」から、今では小田原城を模した近代的なお城造りに変身。通りの反対側に移ると、450年の歴史を誇る漬物製造などの「みのやつけもの」は移転し、敷地の半分が空き地になっていた。

 一方で、大正の建築物のままという店舗も。イタリアレストラン「CIBO」は、洋品店から信用組合支店を経て現在に至るが、建物は昔の造り。呉服などの「片野屋」も、通り沿いの前面だけを洋風にした「看板建築」様式が顕在だった。

 片野屋の主人によると、店の近くには、明治から大正にかけて、人が押して走る「人車鉄道」(後に軽便鉄道)の駅があり、鉄道を利用する客らで、商店街はごった返した。しかし、鉄道の廃止、商店街から離れた場所でのJR小田原駅の開業が、客の減少に拍車を掛け、今では、「何らかの工夫をしないと生き残れない商店街になってしまった」(主人)という。

 商店会の金子会長も「お城南通りは、かつて96の店舗があったのに、今では30弱にまで減ってしまった。昔は通りの両側の店がもっと近く、向こうの声が聞こえたが、今は広過ぎて、聞こえず、商店街の体を成していない。今回のイベントをきっかけに、街の活性化のための方策を考え、街の復活に取り組んでいきたい」と話していた。

(C)時事通信社

商店街ニュースの一覧へ