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全国各地の商店街活性化の事例から、「商店街活性化のヒント」になるノウハウをご紹介します! 商店街支援ノウハウ

特別座談会 その時商店街ができたこと、商店街ができること


熊本地震から商店街はいったい何を学んだのか。
今回、被災時に奔走したリーダーたちに集まってもらい、それぞれの経験と想いを、ここで語り合いました。



Profile


釼羽逸朗さん
熊本県商店街振興組合連合会 会長/健軍商店街振興組合 理事・相談役
健軍商店街の理事・相談役、熊本県商店街振興組合連合会の会長として、県内の商店街の復旧・復興を牽引する

国崎信江さん
文部科学省「地震調査研究推進本部政策委員会」の防災委員ほか、熊本県益城町では避難所対策チーム内の防災アドバイザーを務める
 
松永和典さん
熊本市中心商店街等連合協議会 会長/下通繁栄会 会長
熊本市中心商店街等連合協議会は市内中心部にある8つの商店街の共同事業を行う。下通繁栄会は市内一のにぎわいを見せるアーケード繁華街
 
田村 仁さん
熊本商工会議所 商工観光振興部 部長
企業だけでなく市内商店街の振興に努める。熊本商工会議所は、九州商工会議所連合会、日本商工会議所との強いネットワークをいかして、地域の復旧・復興支援に取組む

 
 

いままでの防災対策では被災時には機能しなかった

 熊本の商店街は濃いコミュニティが健在しています


国崎
 熊本の商店街や商工会議所では、皆が手を取り合って復興に向けて動いていると伺っています。まずは、地震の前に行っていた、防災への取組みを教えてください。

田村 長きにわたり、熊本の歴史は台風と水害との戦いとともにありました。大きな地震もなかったため、本当に今回の地震はまったくの想定外でしたね。

松永 昭和28年の大水害では川が増水して洪水が起こって、中心部では床上3mも水位が上がり、商店街全体が水に浸かりました。熊本市中心商店街等連合協議会(以下、中商協)では、水害対策に特化したハザードマップの作成を進めているところでした。地震に対しての危機管理は行っていなかったんですよ。

釼羽 個店や医療機関を含めた防災マップを作成していました。しかし、民家だけでなく、店舗や医療機関も全て被災したため防災マップはまったく役に立ちませんでした。

 

熊本を揺るがした地震 商店街は終わったと思った

国崎 地震発生時からどのような行動をされましたか。
 
松永 最初の地震の発生直後は停電もなかったのでゆっくりと過ごしていました。次の日はちらかった自宅の片づけをしていました。すると夜中に本震があり、早朝にテレビをつけて被害の大きさに驚きました。朝7時に商店街を見に行ったら、普段は一日3〜4万人の通行量があるアーケード街で見かけたのは2人のみ。「商店街の将来はなくなった」と思いましたね。どうしていいのかわからないままとりあえず片づけをしていたら、商工会議所から「炊き出しでも何でもいいから、お店を開けてもらえないだろうか」という電話があったんです。連絡網を使って店舗に電話をしてみましたが、それがなかなかつながらなくて。
 皆、避難していましたから、余震が続く中、また大きな地震が来るかもしれないという恐怖もあって、お店に人が戻ってこなかったんです。
 NHKが取材に来たので、テレビを通じて「熊本の皆さん、お店を開けてください。熊本の外の皆さん、支援をお願いします」と呼びかけましたよ(笑)。4月29日に安倍内閣総理大臣が視察に訪れ、各商店街の要望を聴取して全面的な支援を約束してくださいました。5月1日からは電気とガスが開通したので、その日から2カ月間、「在庫一掃ワゴンセール」としてアーケード内の店舗が露店販売を行いました。もともとこの場所では露店の出店は許可されていないのですが、警察にかけ合って使用許可をとりました。この時は、周辺の大型ショッピングモールが被災して閉店していたこともあり、普段よりもかなりにぎわいましたよ。
 後になって、改めて感じたのですが、店を開けることが店主だけでなく地元の方々の日常を取り戻すことなんだと実感したのを憶えています。
 
 
  

とにかく店を開けよう 商店街があることの安心感


 
商店街がもつ「共助」の力は災害時に発揮できます
 
 
国崎 商店街は災害に備えるためにもコミュニティの力を強くすべきといわれます。しかし災害時は「いかに早く店舗を再建させるか」も重要になると思っています。店主は売り上げがなければ生活ができません。店を閉めたままにしているうち、商売に戻ってくることに躊躇するケースもありますよね。
 
田村 店舗をいち早く開けるというスピード感は重要です。〝平時と同じように、人の流れがある〞ということに、人は安心感を覚えるのではないでしょうか。
 
釼羽 本震の後は私は視察団やメディアへの対応に追われていましたが、妻と息子が自店の片づけをしながらすぐに店を開けました。震災当日、翌日の2日間しかお店は休みませんでした。
 
国崎 商店街の安否確認はどのように行われましたか。
 
釼羽 各店舗を訪れて安否確認を行いました。一番早かったのは口伝えですが、緊急連絡網の整備をしておけば良かったなと思いました。
 
松永 お店の固定電話とFAXの連絡網を作っていましたが、今回安全確認のために連絡しようとしても、役に立ちませんでした。中商協の加盟店の多くはテナント入居のため、営業時間外には人がほとんどいないんです。今回のように夜に地震が起こった時のために携帯電話も付け加えたほうがいいなと思いました。

田村 若い職員同士がLINEで連絡を取り合っているのを見て便利だなと思いました。商店街でも声をかけ合って、L I NEを登録しておくのもいいと思います。



商店街の理事としての責任 再建へ向け苦闘の日々

 
国崎 再建にかかわる補助金、助成金など制度の情報はどうやって共有されましたか? 
 
田村 前震の翌日から商工会議所内に特別相談窓口を設置し、下通商店街、健軍商店街にも週2回、出張相談窓口を開設しました。8月末までに4617件の相談があり、相談内容の約8割は補助金のことでしたが、借入金の返済猶予、被災証明の取得方法などの相談もありました。情報を伝えるための手段もマンパワーも足りず、苦労したんです。そのため九州内や全国の商工会議所から応援指導員をのべ70名ほど派遣してもらいました。

釼羽 健軍商店街の店主からの相談は、やはり補助金に関することが多かったですね。商店街の理事・相談役として、私は各店舗の補助金の申請を採択につなげなければなりません。一次募集では一件につき申請用紙が11枚もあり、すべての項目を埋めていくのは本当に大変で。自分の不注意で採択されなかったらどうしよう、とプレッシャーで押しつぶされそうになりました。約1カ月と申請期間が限られているなかで、商工会議所の指導員に相談できたのは本当に助かりました。おかげさまで、健軍商店街で申請していたグループ補助金は採択していただきました。

田村 政府が早い段階で復旧支援策を発表してくれたのはありがたかったですね。釼羽さんは申請用紙の記入が大変だったようですが補助金の申請手続きは日を追うごとに内容が改良されて、2次募集からは大幅に簡略化されていました。補助金だけでなく、全国の商工会議所や商店街から届いた義援金にも大変感謝しています。

釼羽 日本だけでなく世界中の国からも多大な援助を頂いて、いつかどうにかして恩返しができればと思っています。

 

地域の方との協力関係 復興へ、また1歩近づく

店舗の再建はスピード感が重要です



松永 毎年8月に中商協と商工会議所が主催で行っている「城下町くまもと ゆかた祭」では、例年通り地元企業から協賛を受けることができました。企業も被災して大変だからイベントの規模を縮小してはどうだろうかという声もあったのですが、多くの企業が「いつものように盛り上がろう」と力を合わせてくれたのはうれしかった。

国崎 地元企業が協賛するイベントの実施や、商店街の復活で売上を上げることは復興への近道ですね。助成金や支援制度は政府だけでなく、日本財団や赤い羽根募金などの様々な組織や団体も実施しています。また、お金の備え、融資制度なども知識がないと損をしてしまうことがありますから情報収集のためのアンテナを広げてほしいですね。


 

まだ余震は続いている 耐震を考えることが大切


田村 熊本地震は夜中に起こったため被害が最小限に抑えられました。4月で気候も良かったのも幸いです。しかしいま(’16年9月現在)もなお7割の店舗、企業が建物を完全復旧できていない中で営業しています。復旧の前にまず被害の実態を調査しなければならないのですが、今の時点では見積もりができる業者が足りないし、建設業者も足りない。
 
松永 アーケードは本震の直後に点検をしたのですが、5ヶ月後に店舗との隙間からアルミ板が落ち、お客様が頭部を負傷されました。余震でボルトがゆるんだためです。
 
釼羽 現在までで余震は合計2072回も起きています。余震が起きている間は、施設の点検は継続的に行わねばならないということでしょうね。
 
松永 耐震など、災害が起こる前の対策についても国の助成金があれば助かりますよね。私自身は、あと2年ほどで市街地の復興はほぼ完了するのではと予測しているのですが。
 
田村 しかし、熊本のシンボルで、県民の心の拠り処、そして観光地でもある熊本城は石垣が崩壊し、現在も立ち入り禁止となっています。復旧には5年かかるとも10年かかるともいわれています。一日も早い復旧を望みます。
 
 
 

商店街こそ被災時の助けに やれることは必ずある

全国の会議所職員による相談窓口の応援が助かりました


 
国崎 避難所では、避難者の生活用品や運営にも多くの備品が必要になります。こうした品を遠くの業者に注文するのではなく、商店街で調達できるといいのではないかとも考えるのですが、いかがでしょう。
 
松永 それは難しいと思いますよ。個店は在庫を抱えないようにしていますから。
釼羽 商店街に防災用品や保存食を備蓄しておくのが理想ですが、なかなか場所がない。今後は、地域や学校が行う防災対策に商店街も加わることで、そういった課題にも対していきたいと思います。
 
国崎 そうですね。ひとつ今後の参考にできる事例だと思うのですが、以前、東京都の下高井戸商店街と、生活防災ハンドブックを作ったことがあります。その時に、防災用品や食料備蓄などは特別なものではなく、商店街で販売している商品で、いざというとき役立つ生活用品や食料品もあるのですよ、と商店街の商品を中心に無理なくできる「家庭内流通備蓄(c)」の備えを提案しました。このように、日頃は家庭における備えの充実を手助けし、非常時にもできるだけ商店街にあるものを地域のために役立てることができるといいのではないかと思います。そのためには、自治体と災害時に必要な物をすぐに調達する仕組みを話し合っておくといいかもしれません。
 
田村 確かに地元にある日用品を備蓄や支援物資に充てるという取組みが実現できたら、全国のモデル事業になるかもしれませんね。



つらい経験だからこそ 私たちが次に引き継ぐ

国崎 いままで数々の被災地を訪れているなかで耳にするのが、「あれほどの災害は、自分が生きている間にはもう来ないだろう」という言葉です。その意識の強い方は、苦労して後片づけをしたあとに店舗の陳列棚を固定していないまま商売を再開したり、仮設住宅でも家具に固定器具を付けなかったりと安全対策をしないまま暮らしています。しかし、新潟では、中越地震のわずか3年後に中越沖地震が来ています。熊本もいまこそ次に備えなければ。
 
釼羽 「未来に、これ以上つらい思いがあるなんて信じられない」と、逃避する人の気持ちもわかります。
 
国崎 はい。しかし、三陸海岸付近では親の代から「いつか必ず地震が来る。その時は高台に避難するべし」と伝えられていて、東日本大震災で、その教えを受け継いでいたおか
げで助かった方も多かったそうですよ。経験したことを次に生かすのは大切なことだと思います。近年はゲリラ豪雨など災害の種類が増え、ひとつの災害の規模が大きくなっています。地震だけでなくあらゆる災害に目を向けて「できる対策は尽くした」という気持ちで毎日を送ってほしいと思います。
 
松永 確かに。そうですよね。
 
国崎 すぐにできる対策のひとつに、自然災害共済や保険の加入もあるかと思います。加入率は全国で約28%と聞いています。地震被害をすぐ克服するために、地震保険の加入は有効だと思いますが、皆さんは加入されていましたか。
 
松永 熊本では地震がないといわれていたので、入っている人は少なかったと思います。私の場合は自宅のほうも仕事場のほうも地震保険に加入していました。
 
釼羽 うちは自宅では加入していましたが、商店街の店舗のほうは加入していませんでした。地震保険は自宅、店舗ともに絶対に入っていたほうがいいということですね。
 
 
 

共助の重要性を知り コミュニティの担い手に


釼羽 今回の震災で痛感したのは、人と人とのつながりの大切さです。コミュニティとしての機能がなくなった商店街も多いといわれていますが、中心部の商店街も健軍商店街でも「人に会いに行く」という目的をもつお客さんは多いのでは。自分の店には、店主やお客さんが世間話に訪れています。共通の話題は、やはり地震。妻が「大変だったでしょうね」と話し相手になることで、皆さんが精神的に楽になっているようです。罹災証明書の申請方法や内容がわからないお客様にお店で教えてあげたりもしました。なかなか個人まで伝わっていかない行政からの情報をお客さんに教えると、とっても感謝されます。商店街が情報交換の場になっています。
 
国崎 普段から顔が見えるお付き合いをされていて、コミュニティが強く残る商店街は、災害時に求められる「共助」を効果的に発揮できる場ですよね。復興にはまだまだふん
ばりが必要な場面が多々あると思いますが、ぜひ「共助」の力をいかしていただきたいですね。


 
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