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全国の魅力的な商店街をつくるための取り組み事例をご紹介します! 商店街活性化事例レポート

観光協会とのタッグでツアーを推進 商店街が復興のシンボルに 地域資源 地域振興 各種連携 震災復興 コミュニティ

’11 年3月11日、 東日本大震災の大津波によって甚大な被害を受けた、宮城県南三陸町。苦難を乗り越え、壊滅状態だった複数の商店街から店主たちが集い、新しい商店街をスタートすると、観光客が急増した。そのきっかけのひとつが、被災した町を歩く「復興ツアー」だ。

商店街名 南三陸さんさん商店街/宮城県南三陸町

2017年3月に開業した、南三陸杉を使った現在の本設商店街

商店街は復興ツアーの 目玉であり終着点

「あそこにかかっている時計、わかりますか? 2時49分。実は、ここに津波が押し寄せた時刻で止まっているんです」

 宮城県南三陸町の旧・戸倉中学校、現・戸倉公民館の前で、復興ツアーに参加した人たちは、語り部である芳賀長恒さんの言葉に耳を傾けていた。

 南三陸町観光協会の主催するこの復興ツアーは、震災の年の夏にスタートし、今年で7年目。その主な内容は、語り部がバスに同乗したり一緒に町を歩いたりしながら、津波による浸水エリアを案内し、自らの体験を語るというもの。ツアーの最後に立ち寄るのが、南三陸町の復興の象徴とも言われる「南三陸さんさん商店街」だ。



 志津川地区に5つあった商店街は、震災による大津波の影響で壊滅状態に陥った。ところがわずか1カ月半後の4月末には、全国の商店街の支援のもと「福興市」を開催。これを原点として、翌年2月にはプレハブを利用した仮設商店街をオープンし、年間20万人以上が訪れるほどの人気に。’17年3月には南三陸杉を使った現在の本設商店街が開業、8月末までの半年間の来場者は約51万人にも上る。

商店街が継続しないと 町は生き残れない

     

南三陸さんさん商店街会長の阿部忠彦さん

 急ごしらえの仮設商店街に多くの人が集まり、震災から7年が経った今でもにぎわいが衰えないのは、一体なぜだろうか。

 理由は3つある。一つ目は、地域や個店の結束の強さだ。地震の直後、南三陸町の防災対策庁舎には大勢の町職員が駆けつけていたが、その後の大津波によって多くが還らぬ人となった。町の指揮命令系統が壊滅したため、避難所は自治会を組織して自主運営することになり、地元で信頼の厚い店主たちが要職を担った。その経験が、店主たちに「自分たちが何とかしなければ」という思いを抱かせる結果になった。

「ひとりでは制度の支援は受けられないし、避難所での経験から、団結することで1を10にも20にもできることがわかった。結束するしか生き残る術はないと感じた人たちが、この商店街に集まっていると思います」と南三陸さんさん商店街会長の阿部忠彦さんは話す。


「復興を売りにするのかという声もなくはなかったですが、私たちには実際に起きたことを伝える使命があるとお話しし、地域の方々にもご理解いただいてきました」と南三陸町観光協会の交流促進部門チーフ、菅原きえさん

 二つ目に、全国の商店街と連携して復興を進めてきたこと。震災から1カ月半、店舗も商品もない時期にいち早く福興市を開催できたのは、災害時に全国の商店街で助け合う仕組みである「ぼうさい朝市ネットワーク」の支援があったためだ。加えて、本設の商店街のあり方を模索して全国へと視察に出かけ、被災経験のある商店街に助言を求めたりと、個々の商店街とのつながりも強い。

 三つ目に、地元の観光協会と密に連携し、協力し合って観光客を呼び込んでいること。震災直後に再開の見込みが立たなかった協会は、まずは福興市を運営する事務局を担った経緯があり、店主たちとの信頼関係は厚い。さらに、震災前に旅行業の登録をしていた協会は、ノウハウを活かし、震災の教訓を伝える学びのプログラムを展開した。その際、その終着地点を商店街とすることで、プラスのサイクルを生んできたのだ。




季節によって目玉食材が替わるご当地グルメ丼「キラキラ丼」

 もともとは地元住民の買い物の役に立ちたいと始めた福興市や仮設商店街だったが、周遊を意識した平屋の店舗配置や、ご当地グルメ丼「キラキラ丼」の復活、大型の駐車スペースなどもあって、仮設オープン後2カ月ほどから観光客が急増。それに合わせて急きょ来街客用のサービスを増やし、柔軟に対応したことも、商店街に活気が絶えない理由のひとつだろう。「人口減少や高齢化が著しい中で、ただ復旧するだけでなく、方向性を変えていかないと、とは考えていました。商店街って、建物でも施設でもなくて、個店や地域住民の方と紡ぎ上げる文化みたいなもの。状況に合わせて常に変化し続けないと、集客力を維持することは難しい」

 観光客が増える一方で、地元のことも忘れていない。毎朝、仮設住宅から散歩がてら商店街に訪れる人たちがいると聞き、朝市を開催して朝食の場を提供するなど、交流の場作りの取組みも行っている。

 本設商店街がオープンして1年。今後は敷地内に交流施設をつくって全体を道の駅として登録し、向かいには震災復興祈念公園ができるなど、この一帯が南三陸町のハブ的存在になる予定だ。
「私たちの目的は商店街の持続・継続なので、成功か否かを語るのはまだ先の話です。しかし、もし復興のシンボルであるこの商店街がコケたら、町全体が終わってしまう。何がなんでも継続させないと」
 町を歩いて目にする震災の大きな爪跡と、商店街で奮闘する店主たちの姿。「町を復興したい」という町民や店主の強い思いこそが、訪れる人々の心を動かす。そしてそれが、「頑張ってる姿をまた見に来たよ」というリピーターを生んでいる。


取材当日も「宮城県産黒毛和牛の無料試食会」や「鮮魚を袋に詰め放題」などの楽しい催しが開催され、行列ができていた


 



  
この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2018 Spring(春号)に掲載されています。
 
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