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全国の魅力的な商店街をつくるための取り組み事例をご紹介します! 商店街活性化事例レポート

街の個性を生かす、防災のカタチ。 イベント 地域振興 各種連携 安心・安全

白楽駅の南西に位置する、昭和レトロな雰囲気の六角橋商店街。ユニークなイベントを多く手がけ、商店街を活性化させる一方で、防災の仕組みづくりにも力を注いできた。たび重なる火災の被害と向き合って対策を講じ、防災と景観保全の両立に成功した背景には、どのような取組みがあったのだろうか。

商店街名 六角橋商店街連合会/ 神奈川県横浜市

年に一度開催される「商店街プロレス」。大日本プロレスの迫力ある戦いを楽しめる。

昭和レトロな景観と個性派イベントで集客

商店街のシンボルイベントとして好評の「ドッキリヤミ市場」はアーケードがごったがえす

新しくなった大通りのアーチは、神大生の提案をもとにデザイン

昭和にタイムスリップしたような風情ある街並みの残る六角橋商店街。六角橋商店街大通りと、それに並行して走るアーケードから成り立つこの商店街は、食品店から雑貨店まで多種多様な業態の店舗が軒を並べ、多くの人でにぎわいを見せている。

「ヒントになったのは、約20年前に研修で訪れた大分県の豊後高田商店街です。当時はまちづくりの方向性に迷いがあったのですが、現地で懐かしさを感じる街並みを見た時に、うちもレトロな雰囲気をこのまま生かそうということになりました」
そう語るのは、まちづくりを推進している六角橋商店街連合会に属し、六角橋商業協同組合で代表理事を務める野村浩さん。連合会のメンバーは都会的で洗練された街にも興味がないわけではなかったが、昭和20年代から残る建物を保全し、持ち味を生かした発展を心がけた。現在は、商店街と調和する建築物の特徴をまとめた「レトロモデル作法集」を発行し、商店街の出店希望者に配布。街並み保存への理解を求めている。

また、街並みに加え、個性的なイベントも集客力向上につながっている。たとえば、’14年に100回目を迎えた「ドッキリヤミ市場」は、商店街のシンボルイベント。夜のフリーマーケットはアジアのナイトマーケットを連想させる熱気に満ちており、開催されるたびに年齢層を問わずたくさんの人々が集う。「商店街プロレス」は、’16年で12回目の開催を迎えた。横浜市を拠点にする大日本プロレスが、野外駐車場にリングを組んでエンターテインメント性に富んだプロレスを見せてくれる。ほかにも、数多くのイベントが行われているが、どれもクオリティが高く、訪れる人を満足させている。そのほとんどで、地元の神奈川大学との協力体制を築いているのも特徴的だ。

参加者が夜の商店街に寝具を持ち込む「チャリティー野宿」。

県立神奈川工業高校の生徒たちが描いたイラスト。

イベントでの出店がもとで、正式に店舗を構えた店主も。

「うちが必ず盛り込んでいるのは、サブカルチャーの要素です。どのジャンルのイベントでも、マニアの心をくすぐるようなものにしてます。PR方法は、ひとつはパブリシティですが、もう一方ではネットでバズる(話題になる)ことも大切。その両方に仕掛けを作ります」
六角橋商店街連合会会長の石原孝一さんによると、パブリシティ活動を積極的に行うことで、イベントに人を集めるだけでなく、商店街自体の知名度を上げ、結果として空き店舗ゼロの達成にもつながったという。
これらの取組みが評価され、「第4回神奈川商店街大賞」をはじめ、種々の賞を受賞している同連合会。’14年には、火災対策をきっかけに考案された「六角橋商店街地区まちづくりルール」の運用がスタートし、さらなる発展へと突き進んでいる。だが、人を惹きつける商店街になるまでの道のりは、決して平坦ではなかった。

行政との連携によって防災とまちづくりを推進

東急東横線白楽駅南西、横浜市神奈川区六角橋1丁目区域に位置する。大通りとアーケードのあるふれあい通り(旧仲見世)、ファミリー通りの入口までが範囲で、約170の多様な店舗がある

六角橋商業協同組合代表理事で「松坂屋カバン店」店主の野村浩さん(左)と、六角橋商和会会長で連合会会長でもある「陽月堂薬局」を営む石原孝一さん。策定したルールをもとに今後のまちづくりを担う

木造の建物が軒を連ねる六角橋商店街は、たび重なる火災に悩まされていた。記録として残っている一度目の火災は’68年。以降、計6度被災している。’90年の火災は放火で、死亡者も出る惨事となった。商店街では、火災に遭うたびに対策を講じてきた。昭和の頃は、店主数人で夜警をすることもあった。平成に入ってからは、一軒一軒に火災報知器を設置した。
「それでも、全ての火災は防げない。決定的だったのは5年前の火災です。17軒の商店が焼けてしまって……。この時の火災を機に、防災やまちづくりに関して根本的な見直しを図ろうという話になりました」

野村さんが語るとおり、’11年8月の火災は、商店街が新たなスタートを切る契機となった。同年から、地域住民に対するアンケート調査を開始し、毎月開かれるまちづくり検討会議では、調査結果をもとに議論がなされた。最終的に課題が浮き彫りとなり、商店街の目標として「人と人のふれあいのまち」「安心安全なまち」「次世代へと受け継がれるまち」の3本柱を掲げることになる。目標の実現には行政の協力が欠かせないが、石原さんによると、横浜市は当初から協力的だったという。
「シャッター商店街が増えているご時世に空き店舗ゼロを達成していたこともあって、注目されていたんでしょうね。行政の方たちにも、六角橋を盛り上げようという機運があったようです。もちろん、市から紹介されたコーディネーターの方たちの力添えがなければ、このまちづくりルールの策定は成し得なかったと思います」
市の防災まちづくり推進室や商業振興課、まちづくりコーディネーターから、数々のアドバイスを受け、練り上げられたまちづくりルールには「合法的に建物を建てられるようにするためのアイデアを盛り込んだ」と野村さんは話す。

「アーケードは道幅が1.8mしかありませんが、建築基準法では建て替えをする際に通りの中心線から2mセットバックするよう定められています。この基準だと、火災で敷地面積の狭い建物が焼けてしまった場合、建て替えは難しく、レトロな景観も損なわれる。そこで、現行の横浜市が定める許可基準の緩和を要求しました」
連合会と行政側が協議を重ねた結果、商店街側が「六角橋商店街地区まちづくりルール」を策定・運用することを条件に、横浜市が新たな認可基準を策定するという結論に落ち着いた。建物を耐火建築物等にすることで、1.35mのセットバックで建て替えが可能になったのだ。また、建物の規模や装飾は、「商店街との調和が図れるもの」という一文も盛り込まれた。
商店街にかかわる人々が手を取り合う共助の精神で、さまざまな壁を乗り越えてきた六角橋商店街。今後は、30〜40代の若手の育成を視野に入れつつ、まちづくりを総合的に計画する「地域まちづくりプラン」の策定をめざしている。


     



 

六角橋商店街の防災の取り組み



’68 年から現在に至るまで、計6回の火災に見舞われた六角橋商店街。昭和20年代に建てられたアーケードには木造の建物が密集しており、火の手が回りやすく鎮火までに時間がかかるという弱点がある。特に被害が大きかったのは’11年8月の火災で、17軒の商店が罹災した。その頃から、レトロな街並みを保護するための防災意識がさらに高まっていったという。
・課題 防災とレトロな街並みの両立



連合会と行政、コーディネーターなどからなる検討会議は「地域まちづくり組織」として横浜市より認定され、協議を重ね’14 年4 月に「六角橋商店街地区まちづくりルール」を策定。街並みの指針となる「レトロモデル作法集」も配布し景観づくりに役立てている


・コンセプトは「人と人のふれあいのまち」
「安心安全なまち」「次世代へと受け継がれるまち」
・道幅基準の緩和を横浜市が特別に許可し、防火と景観維持を両立



まちづくりルールの運用で1.35m のセットバックで再建が可能に。敷地面積の狭小な店舗に朗報となった。新しく建てられた店舗の外装は神大生のデザインで、塗装にも携わっている。

消火栓やホースといった設備を充実させ、火災に備えている






★この記事は、商店街活性化の情報誌「EGAO」の2016 Autumn(秋号)に掲載されています。
「EGAO」をご覧になりたい方はこちらへ。
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